中高生にも分かる今年のノーベル物理学賞 その1(CPA編)

1今年のノーベル物理学賞は巷の予想通り,光関連,しかもレーザー関連でした。
一つは超短パルスレーザーの高出力化,いわゆるCPA(Chirped Pulse Amplifier)で,もう一つは光ピンセットです。これらの二つの受賞に関して,専門外の技術者はもちろん文科系の方にも分かり易く解説をする事にトライしてみました。今回は「高出力超短パルスレーザーの貢献(CPA)」を取り上げ,次回に「光ピンセット」を解説します。

共に原理はシンプルですが,なぜか私が見た限りでは日本語のWebサイトの説明は専門外の人には難しいものでした。実際の理論は難解で専門家以外の人に説明するのは難しいのかも知れません。私自身も過去には,自分の専門に近い分野でノーベル賞の受賞が有ったとき,それを家族に説明を求められて困ったことがあります。

ここでは,私自身が門外漢ではありますが,研究者,技術者,専門家の方が,家族,友人などに説明する時の材料の一つとなれば幸いと思い記事を書いております。また,そういう目的ですので中学生・高校生レベルの知識しか使わない様に務めました。

今回のノーベル物理学賞はレーザーの発展に貢献した二つの分野に与えられました。今回解説するのは,そのうちの一つである「高強度,超短パルス光を生み出す方法に対して(ノーベル財団発表の原文:for their method of generating high-intensity, ultra-short optical pulses)」で,Gérard Mourou and Donna Stricklandのお二人に授与されました。この二人はCPA(Chirped Pulse Amplifier)という手法で高強度・超短パルスレーザーを生み出しています。

以下,中学生にも原理が理解出来るように,かなり思い切った説明となっています。専門家から見ますと不正確な部分もあるかと思いますがご容赦下さい。なお,文責は(株)オプトロニクス社・編集部にございます。

レーザーというのは,簡単に言えばとても“質の良い”光で,その光を色々な事に応用できます。しかし,応用する時に「たとえ短い時間でも良いから,あるいはごく短時間に限って,もっともっと大きなパワーのものが欲しい」というケースが多々あり,レーザーの応用が広がり,社会に貢献する過程ではレーザーの高出力化は無くてはならぬものでした。その高出力化に大きな貢献をした事が,今回のこのお二人の受賞理由です。

で,ここからが本題です。レーザーのパワーが弱くても,その弱いレーザー光のエネルギーを増幅する(強くする)装置が有ります。それが増幅器ですが,そこにレーザー光を通すと例えば増幅器を出た時にはもとの光の3倍のパワーのレーザー光になって出てきます。

この増幅器にレーザを2回通せば9倍,3回通せば3x3x3で27倍のパワーになります。どんどん大きくなります。しかし,あまりに強いレーザー光を通すとその強い光エネルギーによって増幅器が壊れてしまいます。なので,皆が競って研究したのは強いレーザー光に耐えられる増幅器の開発です。

それは,増幅器の媒体の透明化,不純物の除去,各種の保護膜を強くする事等,各方面にわたり様々な方が注力し,強いレーザー光に耐えうる増幅器の開発は確かに進みました。これは現在も進んでいます。

しかし,この二人の手法はまったく違ったものです。ある意味,逆転の発想です。「まず,最初にレーザー光を弱めてしまえ,そうすれば増幅器が壊れない。」これが発想の第1番目です。この弱め方がある意味画期的でした。

レーザーだと直感的に分かりにくいのでカセットコンロの例で説明します。同じガスの量(つまり同じエネルギー)で温めるとして,低い温度でゆっくりとあっためるのと,強火で一期にガスを使いきって熱する場合を考えます。

弱火でじっくりコトコトでは,決まった量のガスを消費するまでピークの熱量を抑えて長く温めます。多くの場合,材料を損なわずうまみを引き出します。一気に強火の場合は,ガスを一気に使い短い間にピークの温度上げてすぐに消えます。時として材料を焦がし,場合によってはフライパンまで焦がしてしまいます。

レーザー光も増幅を繰り返すと「一気に強火」という事と同じ事になり,増幅器そのものを壊してしまいます。(図1上段)

そこで,今回の受賞者は増幅する前にレーザー光を「弱火でコトコト」タイプのレーザ光に変換する事を考えました。短時間で一気に燃える様なパルス光を,弱火だけどゆっくりと温める様な瞬間的パワーが弱くかつ時間の長いパルス光に変え,その状態で増幅すれば増幅器は壊れません。

しかし,一度,ボンと一気に燃えた火を後からコトコト長くに燃える火に変えられるでしょうか?しかも彼らは,増幅後に「一気に強火」に戻してあげる,そういう仕組み,メカニズムを創造しそれが今回の受賞につながっています(図1下段)。

問題は,レーザー光で「一気に強火」と「弱火でコトコト」の変換をどの様にするかです。彼らが行なったのは,元の「一気に強火」のパルス,つまり,極めて短い時間で放射しているレーザーパルスを,チャーピング(Chirping)されたパルスに変換してパルスの時間的長さ(パルス長)を拡張する事でした。

ここでチャーピングについて説明します。太陽の光はプリズムを通すと紫~青紫~青~緑~黄色~橙~赤色のいわゆる7色に分解されます。この時,一気に強火の光というのは,すべての色の光が短い時間に押し込められて強度の高い光になっている状態です。前述の様に,このまま何もせずに一気に増幅器を通すと増幅器が壊れます。そこで彼らが行なったのは,光を色別に分解し,そして「色ごとに時間差をつけて」増幅器を通る様にしたのです。

彼らが行なったのは,このすべての色がそろった状態の光を色別に整列し,「赤色の光は,一番短い道をたどって増幅器に行ってください。緑の光は少し遠回りをして,さらに青い光は,一番遠回りして増幅器に行って下さい」としたような感じです。こうすれば,増幅器には最初に赤色のレーザー光が通り,時間がたってから緑色の光が通り,さらに最後に青色の光が通る事になり全体的に時間をかけて通ります。

実際には赤,緑,青の中間の色(波長)も間に並んで通ります。時間的に分散させたことにより,ピークパワーも下がります。つまりじっくりコトコトとなります。この様に,時間的に色が変化する(=波長が変化する)パルスをチャーピングされたパルス(Chirped Pule)と呼びます。チャーピングしたことによって,色別(波長別)に時間差で増幅器に届く様になり,パルス幅が広がりました。

これを何故チャーピングと呼ぶかというと,実は私も不自然に思っています。チャープ(Chirp)というのは,小鳥のさえずりを表す英語です。光の場合,色の違いというのは波長(もしくは振動数)の違いに相当します。例えば,400nm位だと紫,450nm位だと青,530nmだと緑,620nmで赤とかになります。これが音ですと,波長が長いのが低い音で,波長が短いのが高音の音に相当します。

音に例えると増幅器を通る時に,高い音から低い音(あるいはその逆)に時間と共に変わる事になりますが,この音程の変わる様子を,鳥のさえずり(Chirp)なぞらえて,波長が時間と共に変わるパルス波をChirped Pulseと呼んでいます(と,私は教わりましたが,この例えには個人的には納得できず,あまり良いネーミングとはいまだに思えません(笑))。

チャーピングする具体的な方法は,図2にある様にプリズムを使う例が分かり易いと思います。AからBの経路をたどるとチャーピングされます。図2の例では,ごく短い時間にすべての色の光が凝縮されたパルスレーザ光(=超短パルスレーザ光)がAから入ると,プリズムを通して,色ごとにBにたどりつく経路・距離が変わり,Bには色によって時間的に分散された光が入る事になります。

このBの場所に増幅器を置けば良いのです。増幅器を通った後に,今度は別の構成のプリズムを通し,今度は赤色の光の光路が長く,青色の光路が短くなるようにすると,チャーピングされた光が元の短パルスに戻り,光の強度がさらに上がります(図のC)

このように図2のAからBを通すことにより超短パルスレーザー光をチャーピングされたパルス(Chirped Pulse)光にしてパルス幅を広げ,その後に増幅器を通して光の強度を上げ,再びパルスを圧縮してさらにピーク強度を増幅する方法・機器をチャープド・パルス・増幅器(Chirped Pulse Amplifier,CPA)と名付けました。

このパルス拡張による恩恵は単に増幅器を壊さないだけでは無く,増幅器中のピークパワーを抑える事で増幅による副作用(元のパルス光の品質を下げる事,技術的な言葉では非線形効果)を抑える効果があり,超短パルスレーザーの開発と合わせて,このCPAの手法はその後のレーザーの高出力化と応用分野の発展に多大な貢献をしました。

最後に言い訳です。かなり,おおざっぱな説明で,図の一部は英語版のWikiのものを元にし,修正して使っております。
https://en.wikipedia.org/wiki/Chirped_pulse_amplification

また,実際のパルス幅は1ピコ秒~1フェムト秒近辺であり,とても弱火でコトコトなどというようなタイムスケールではありません。比喩の拙さも合わせてご容赦下さい。ちなみに,1ピコ秒では1秒間に地球を7週半する光でさえ約0.3㎜しか進みません。そういう時間幅です。

また,超短パルスレーザーを発生させる事の詳細もすべて省略し,パルスを拡張させるのにプリズムを使う例は現在では希少と思われますし,パルス圧縮の際に拡張と同じ機構を逆向きに通す事はせず,パルス拡張に適した光学系と圧縮に適した光学系を使い分ける場合もあります(パルス拡張,圧縮には回折格子,特殊なファイバー等があります)。その他,言い訳は数え上げればきりが有りません。

次回は,ノーベル物理学賞を受賞したもう一つの分野「光ピンセット」の解説を載せる予定です。

このOptronics News Letter では,今回のノーベル物理学賞の様に話題に上っている技術等,時々に応じて取り上げたいと思います。この記事に関する感想含めて,今後のご要望・ご意見などありましたら event@optroics.co.jp までご連絡下さい。

さて,オプトロニクス社では,専門家からこれから光技術に携わる方にも向けた様々なセミナーを実施しております。直近では11月13日から東京・北の丸公園の科学技術館で行われる展示会で広範囲にわたり光関連のセミナーを開催致します。
https://www.optronics.co.jp/ex-seminar/projects/home/53

今年の春の展示会(パシフィコ横浜で開催されたOPIE)では,今年のもう一つのノーベル物理学賞の「光ピンセット」を自作しながらの「レーザー体験コース」も実施しており,このコースは毎年盛況で常に定員オーバーの状態です。このコースのご案内も近々にアナウンスできる予定です。

また,オプトロニクス社では光業界に特化した人材紹介サービスも行っています。光技術や業界に精通しているオプトロニクス社ならではのサービスを心掛けており,最近では,新しい人材を求めている企業への紹介が毎月成約する様になってきております。特に,人事のご担当者の方にご検討頂ければ幸いです(個人の応募も受け付けています)。https://www.optocareer.com/
では,次回は今年のもう一つのノーベル物理学賞「光ピンセット」を取り上げます。

オプトロニクス・編集部

 

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