九大,加熱するだけで純スピン流を効率良く生成することに成功

九州大学の研究グループは,スピンを使った次世代の電子素子(デバイス)での応用が期待される「純スピン流」を,熱を使って効率的に生成することに成功した(ニュースリリース)。

次世代の省エネルギー・ナノエレクトロニクスデバイスとして注目を集めているスピントロニクス素子は,すでにハードディスクや磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM)などに応用されている。これらのスピントロニクス機能の多くは,電流のスピン版である「スピン流」によって駆動される。

従来,スピントロニクス素子では,「強磁性体では上向きスピンの電子と下向きスピンの電子の電気伝導率が異なる」という性質を利用してスピン流を生成するのが一般的で,この場合,強磁性体に電位差(電圧)を与えることで電流とともにスピン流が生成される。

一方最近の研究から,強磁性体では,熱電効果にかかわるゼーベック係数もスピンの向きに依存することが判明し,電位差の代わりに温度差を与えることでもスピン流が生成できることが分かってきた。しかし,通常良く用いられる強磁性体であるニッケル鉄(NiFe)合金やコバルト(Co)などでは,スピン上向きと下向きのゼーベック係数の差は極めて小さく,これまで熱によって生成されたスピン流をわずかに検出できたとの報告がある程度だった。

研究グループは,ゼーベック係数が負の値も取り得ることに着目。電気伝導率は常に正の値となり負になることはないが,ある特殊な合金ではゼーベック係数が正の値だけではなく負の値も取り得る。たとえば,上向きスピンの電子のゼーベック係数が正,下向きスピンのゼーベック係数が負の合金を考えると,その合金に温度差を与えた場合,電子はスピンの向きに応じて互いに逆方向に流れることになり,スピン流が効率的に生成されると期待できる。

今回,研究グループは,期待したとおりCoFeAl合金が上記のような特性を持つことを実験的に明らかにした。横型スピンバルブ素子を作製し,片方のCoFeAl合金を加熱して純スピン流を生成し,もう1つのCoFeAl合金で純スピン流の強度を検出したところ,室温で約870ナノボルトのスピン信号を得ることができた。

同様の実験を,NiFe合金を用いて行なったところ,スピン信号の大きさは,7ナノボルトとなり,CoFeAl合金を用いることで,2桁以上大きなスピン信号を取り出せることが分かった。

今回の結果は,CoFeAl合金では,熱を電気に変換する性質(ゼーベック効果)に比べ,熱をスピン流に変換する性質(スピン依存ゼーベック効果)の方が大きいことを示すもの。この特殊な性質を応用することで,①電流を流すことなく,加熱するだけで純スピン流を効率良く生成できるようになり,発熱している電子回路上に設置することで排熱を有効利用してスピン流を生成できる,②マイクロ波照射によって任意の場所の強磁性体を加熱できることを利用してワイヤレスにスピン流を生成できるなど,電流を用いない新しいスピンデバイスの開発が期待できる。

この手法で効率的にスピン流を生成するには,強磁性体と非磁性体の界面の温度勾配をいかに大きくするかがポイントとなる。研究グループは今後,電気的な性質だけでなく,熱の空間分布なども考慮したデバイス設計が重要になるとしている。また,上向きスピンと下向きスピンのゼーベック係数の差がCoFeAl合金より大きな値を持つ物質は他にも多く存在すると考えられ,量子式学的なシミュレーションなどに基づく物質設計指針の確立が,高性能な物質探索に極めて重要になるとしている。

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