産総研,電界効果トランジスタの10万倍の寿命を持つトンネルトランジスタを開発

産業技術総合研究所(産総研)の研究グループは,これからの省電力デバイスとして有望視されているトンネルトランジスタ(トンネルFET)の高性能化と長寿命を実証した(ニュースリリース)。

ワイヤレスセンサネットワークは今後より大規模化が予想されており,センサにはこれまで以上の省電力化に加え,故障せず長く使用できることが求められる。現在,センサにはMOSFETから構成される回路が用いられているが,より省電力駆動が可能なトンネルFETへの置き換えが検討されている。そのためには,トンネルFETの低電圧領域での高性能化,低コスト,さらに長期寿命が担保できるかが鍵となる。

研究では,まず交換コストの劇的削減を目指したトンネルFETの長期信頼性の検証を行なった。その結果,例えば,ゲート電圧を1.5 V加えた場合,従来のMOSFETでは千数百秒しか寿命がないのに対し,トンネルFETの場合寿命が10年となった。1V以下の駆動電圧で100年以上の動作寿命を保証でき,低電圧動作のセンサ駆動回路として半永久的に使用できることを示した。

次に,トンネルFETの大幅な寿命向上の考察を行なった。まず,MOSFETの場合,主にソースからの電子注入によって長期寿命が決められる。一方,トンネルFETの場合,正型ソースと負型ドレインで極性が異なり,特に正型ソースとゲート端で電界集中が発生する。

この電界集中に関しては,これまで信頼性に悪影響を及ぼすことが懸念されていた。しかし,その影響がほとんどないことを今回初めて明らかにした。さらに,トンネルFETの極性の違いが,長期寿命を引き起こす原因にも関係してくることを初めて突き止めた。

トンネルFETの長期寿命を決める電子注入は,負型ドレインからのみ起こることを明らかにした。今回の加速試験では,負型ドレインに電圧を加えているので,ゲートとドレインの間の電圧差が小さくなり,負型ドレインからの電子供給が大幅に抑制される。このことが,トンネルFETの長寿命の理由となるという。

以上の結果から,低電圧で動作するトンネルFETをセンサ駆動用デバイスとして使用した場合,無交換で半永久的な使用が可能であることが明らかとなった。

さらに,実際に省電力・大規模なセンサネットワークを構築することを前提に,トンネルFETの要素技術の開発を行なった。従来のMOSFETでは電子の熱拡散によりキャリアの注入を行なうことから,オン・オフ特性の立ち上がりの急峻さを示すサブスレッショルド・スイングの値は,約60mV/桁が物理的な下限になる。

これに対しトンネルFETでは,トンネル効果によりキャリア注入を行なうことから,60 mV/桁を下回るようなサブスレッショルド・スイングの値が原理的に可能。サブスレッショルド・スイングは,トランジスタをどれだけ小さな電圧でオンできるかを表す指標。回路中ではトランジスタはスイッチとして働くので,すなわちトンネルFETによるスイッチをオンさせるのに必要な電圧はMOSFETのそれより小さくて済み,回路を動かす電源の電圧を下げられることによる消費電力の削減,また電池,電源の小型化が可能になる。

このような利点から,世界各国の有力研究機関では,高性能トンネルFETの開発に注力している。しかしながら,これまでの報告例は,単一極性のトンネルFET単体のみでの最適化に限られていた。一方,回路の最も基本的な要素であるCMOSインバータは,正および負型のトランジスタが一対必要となることから,実際の回路へ応用するには,両極性のトンネルFETを同一プラットフォーム上で作成することが必須。そこで今回,両極性のトンネルFETを一括で作成し,低コストで回路構築が可能となる新たな作成プロセスを開発した。

トンネル接合に結晶の欠陥があると,サブスレッショルド・スイングの劣化を引き起こすことが知られており,接合形成前に通常用いられるフッ酸を用いた洗浄を行なった場合,表面にごく薄い酸化被膜が残留し,結晶の欠陥の原因になることがX線光電子分光法による分析で明らかとなった。

このため,表面の酸化と酸化層の除去を複数回繰り返すことで残留する酸化被膜を除去し,正・負両極性のトンネルFETで欠陥のない接合が得られた。その結果,サブスレッショルド・スイングだけでなく,電流駆動力もまた正・負のトンネルFET両者において大きく改善し,今回初めて両極性のトンネルFETで,MOSFETの理論限界である60 mV/桁を下回るサブスレッショルド・スイングの値が得られた。

また,前回のプレス発表に比較しても約1000倍の電流駆動力の向上が見られた。両極性トンネルFETの高性能化実現は,それらを基本構成要素とするCMOSの省電力化に直結する成果。今後,回収エネルギーなどの微小な電力でもデバイスを駆動できる回路への応用など,極めて大きいメリットが期待できるとしている。

研究グループは今後,トンネルトランジスタのさらなる高性能化を行ない,大規模センサネットワーク用省電力デバイスへの置き換えを目指す。

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