東大,スプレーするだけでがんを光らせる蛍光試薬を開発

JST戦略的創造研究推進事業において,東京大学の研究グループは,外科手術時や内視鏡・腹腔鏡手術時に,がんが疑われる部分にスプレーするだけで,数分でがん部位のみを光らせて検出することを可能にする新たな蛍光試薬の開発に成功した(ニュースリリース)。

卵巣がん患者の半数以上は,治療開始の段階ですでに治療難度が高い腹腔内に転移があると診断される。この腹腔内転移の治療には,外科手術や腹腔鏡手術が有効であり,1mm以下の微小な転移まで切除するとその予後が改善することが知られている。しかし,微小がん転移部位を正常な組織と精確に区別して識別することは非常に難しく,がん部位の術中可視化技術の開発が強く求められていた。

これまでに研究グループでは,患部に噴霧すると転移部位を明るく光らせるスプレー蛍光試薬gGlu-HMRGの開発に成功している。この試薬は,がん細胞中のある種のたんぱく質分解酵素活性が高いことを活用したものだが,この酵素活性が高くないがん種も多く,例えば,適用可能な卵巣がんも限られることがモデルマウスを使った実験から明らかとなっていた。

研究グループは,より広範ながん種の検出を可能とさせるべく,卵巣がんでその酵素活性が促進されていることが報告されている,糖鎖分解酵素であるβ-ガラクトシダーゼに着目。この酵素に対する蛍光検出試薬はいくつか開発されているが,既存の活性検出試薬をがんのモデルマウスへ適用したところ,試薬の感度の低さなどによりがんの検出は困難だった。

そこで試薬分子の特性を見直し,分子構造の最適化を図ることにより新たな試薬の開発に成功した。このスプレー蛍光試薬はそれ自体ではほぼ無蛍光性だが,β-ガラクトシダーゼと反応することにより1,000倍以上明るく光る性質を持ち,がん細胞の持つβ-ガラクトシダーゼ活性を検出できる。

開発したスプレー蛍光試薬を卵巣がんモデルマウスに適用したところ1mm以下の微小ながんまでも高精細に検出可能であり,以前開発した蛍光試薬で検出が困難であったがんも検出可能だという。また,がんにおける蛍光は非常に明るく肉眼での観察が可能。さらに,このスプレー蛍光試薬を用いて,蛍光内視鏡により生きている状態のがんモデルマウス腹腔に存在する微小がんの検出にも成功し,模擬的な手術において試薬の蛍光を目印としたがんの切除も達成した。

開発したスプレー蛍光試薬は,微小ながんの容易な発見を可能とし,診断や手術での見落としや取り残しを防ぐ役割が期待できる。研究グループは,蛍光の検出が安価な装置で行なえる点で,この技術が一般的ながん検出手法として普及する上で大きな有用性があると考えているという。現在,臨床新鮮検体へと適用してがんイメージング機能の実践的な検証を行なっており,今後,安全性試験など臨床試験への適用に向けた準備を進めていく。

また,β-ガラクトシダーゼのほか,糖の結合を加水分解する種々の糖鎖分解酵素の活性が多くのがんで促進されていることが知られている。今回開発したスプレー蛍光試薬は分子内に糖構造を含んでいるが,それを適切に他の糖へと入れ替えることによって,種々の糖鎖分解酵素の活性を検出する試薬へと展開することが可能。研究グループはさまざまな種類のがんへの適用性の拡大を目指し,スプレー蛍光試薬のラインナップの整備を進めているという。

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