筑波大,テラヘルツ時間領域分光装置を開発

筑波大学の研究グループは,高精度・高感度かつ低温領域(6~800K)のテラヘルツ時間領域分光装置(terahertz time-domain spectroscopy,THz-TDS)を新たに開発した(ニュースリリース)。

ジルコン酸バリウムBaZrO3(BZO)は,環境問題により開発が急務とされる非鉛圧電材料を合成する際の圧電基盤材料として用いられる有望材料の一つで,非常に高い融点(2920℃)と高い化学的安定性を持つために酸化物高温超伝導体の熔解ルツボや薄膜基板材料としても用いられる。また,極低温に向かって誘電率が上昇し,0Kに近い温度では誘電率が一定となって止まるという量子常誘電性(初期強誘電性)という性質を有している。

この性質は,一般に,テラヘルツ帯に現れるソフトモード(低温に向かって低振動数化する量子状態)が,零点振動という量子効果によって,低温で凍結することにより発現すると考えられており,BZOについても,赤外分光FT-IRの実験によって,すでにソフトモードの温度依存性が観測されていたが,テラヘルツ帯における詳細な解析は行なわれていなかった。

テラヘルツ波は,電波(波長が約1m)と可視光(波長が約500nm)の中間に位置する電磁波で,周波数は約0.1~10THz付近,波長は約1mm程度。この周波数帯は「テラヘルツギャップ」と呼ばれる未踏領域となっている。しかし2000年以降,多くの光源発生・検出方法が開発されつつある。その中で,テラヘルツ時間領域分光は,物質のテラヘルツ帯誘電率を高精度に決定できる有力な分光法として確立されてきた。

研究では,従来,立方晶ペロブスカイト構造を持つと考えられていたBZOの単結晶試料に対し,構築した高精度かつ広い温度範囲THz-TDSによる解析を行なった結果,これまで存在しないと考えられていた新しいフォノンモードを室温で2.3THzに検出した(TO1モードと名付ける)。さらに,このTO1モード周波数の温度依存性を追うと,低温に向かって20%以上も周波数が小さくなることがわかった。

また,テラヘルツ帯複素誘電率の実部(誘電率)が低温に向かって増大し,20K以下では一定になるという振る舞いを検出することにも成功した。これらの振る舞いは,BZOの量子常誘電性(初期強誘電性)を反映した結果であると考えられる。新しいフォノンモードが,最も低周波側に確認された理由としては,結晶構造の対称性が低下したことが挙げられる。

つまり,結晶構造の周期が2倍に増えると,ブリルアンゾーン(逆格子における結晶の基本単位格子)が半分のサイズになり,1倍の時よりも低周波側にゆっくりと振動する光学フォノンモードが現われた(ゾーンフォールディング)と推察され,これは従来の知見を覆す結晶構造を示唆するもの。この場合,結晶構造が2倍,すなわち体積が23=8倍になることによってフォノンモードの数も8倍に増えている可能性がある。

先行研究のFT-IRによる測定においても,赤外領域においてフォノンの数が多いという傾向は観測されていたが,FT-IRの赤外領域では他の様々な要因から吸収構造が現われるため,付加的なモードの存在は議論されてこなかった。今回のテラヘルツ帯の研究により,最も低周波の光学フォノンの発見と,その温度依存性の観測が実現したことから,考察の妥当性が示されたとしている。

研究グループは今後,BZOに対しては詳細な温度依存性と共に,今回の構造に対する考察を確かなものにするために,放射光施設等を利用し構造解析をさらに進める。また,THz-TDS装置改良としては,今回の透過測定に加えて反射測定も行ない,その温度依存性を明らかにすることにより,今回発見されたTO1モードと他のソフトモードの相互作用機構の実験的な解明を目指す。

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