産総研,量子ドットの発光が安定化するメカニズムを解明

産業技術総合研究所(産総研)と香川大学,長岡技術科学大学らは,発光性の半導体ナノ粒子である半導体量子ドット(量子ドット)の退色機構を解明し,発光を安定化する有効な手法を提案した(ニュースリリース)。

生体イメージングに従来用いられてきた有機色素は,光を照射すると短時間で退色する欠点があり,長時間の一分子生体イメージングには適さない。一方,量子ドットは有機色素よりも光安定性に優れているものの,長時間にわたって光を照射すると,退色が避けられないという問題があった。

量子ドットの発光が徐々に低下するのは,酸素と反応して非発光性または弱発光性の酸化状態になるためとされていた。そのため,量子ドットの酸化を防止し,安定な発光を実現しようとする試みが世界中で活発に行なわれてきたが,これまで成功していなかった。

研究グループはCdSe/ZnS型量子ドットを,100×100µm2あたり約100個の均一な密度で,カバーガラス表面に固定した。これを顕微鏡に設置し,波長532nmのレーザを照射し,単一量子ドットからの発光強度を観察した。

発光の早い振動やオンオフの挙動はブリンキングと呼ばれ,単一量子ドットの発光に見られる特有の現象であり,オフの状態はしばしば数秒から数十秒の間続く。ブリンキングはオージェ・イオン化によって生じることが知られている。

空気中では,カバーガラス上の単一量子ドットの発光強度は,ブリンキングを伴いながらも長時間にわたって安定していた。一方,カバーガラス上の量子ドットを有機溶媒であるジメチルスルホキシド(DMSO)に浸漬すると,発光強度は急速に減少,消失した。また,水中に浸漬しても同様に発光が減少した。

DMSOや水に浸漬すると,励起された量子ドットが,溶存する酸素に効率よくエネルギー移動を起こして一重項酸素を生成し,自らは酸化される。このような反応が繰り返し起こると,非発光性の酸化物が量子ドットの表面に島状に生成し,量子ドットの発光強度を徐々に低下させる。

なお,一重項酸素の生成は,特有のリン光(約1270nm)が観察されることから確認できた。他方,空気中では空気と量子ドットの界面が不均一であるため,一重項酸素の生成と量子ドットの酸化の効率が悪く,発光強度が安定していた。

単一量子ドットからの発光強度は,空気で飽和したDMSO中では急速な減少を示したが,窒素ガスで飽和したDMSO中ではその減少は緩やかになった。

また,一重項酸素と非常に早く反応する一重項酸素捕捉剤である1,4-アミノブタンを空気で飽和したDMSOに添加したところ,単一量子ドットからの安定な発光が観察された。これらの結果は一重項酸素が,単一量子ドットの安定した発光を妨げていることを示している。

単一の量子ドットにレーザ光を照射すると,オージェ・イオン化による特有のオン・オフを伴う発光を示す。ところが,それぞれの「オフ」の後の発光強度は「オフ」になる前とほとんど同じレベルに回復していた。

量子ドットは発光のオフの間オージェ・イオン化された状態にあると考えられるが,その間に発光強度の減少が見られないことから,オージェ・イオン化された量子ドットは酸化されないことを示している。

研究グループは今後,いろいろのナノ材料からの間断のない発光を得ることを目的とし,電荷キャリアの緩和,オージェ・イオン化,表面欠陥,活性酸素の生成,酸化の間の関係を系統的に明らかにするため,他のナノ材料についても研究を進める。

また,一分子レベルで間断のない発光に基づく生体イメージングを実現するため,半導体,有機材料,生体分子などを組み合わせたナノ生体複合体の開発を検討するとしている。

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