北大,光学活性アミノ酸の誕生経路を解明

北海道大学は,宇宙で最初の光学異性体を持つアミノ酸が,暗黒星雲に存在する極低温(-261℃)の微粒子上で生成されうることを実験で確かめた(ニュースリリース)。この発見は,生命を構成するアミノ酸や糖がなぜ片方の光学異性体のみで構成されるのか,という根源的な疑問に答える重要な鍵となるもの。

分子の中には,同じ組成でありながら,立体的な構造の違いによって,右手・左手の関係のように鏡で映したような配置になり,互いに重ね合わせることができない異性体が存在するものがある。これらを光学活性分子と呼ぶ。我々生命を構成するアミノ酸や糖もその一つだが,それらは生体内には片方の構造しか存在しない。

これはホモキラリティと呼ばれている。地球上におけるホモキラリティの起源に関しては,これまでに様々な仮説が提唱されてきたがいまだ解明されておらず,生命の起源における最大の謎の一つとなっている。さらにホモキラリティの起源だけでなく,いつ,どこで,どのようにして最初の光学活性分子が誕生したのかもわかっていなかった。

これまでの研究では,光学活性分子の生成には少なくとも-173℃以上の環境が必要であると考えられてきたため,極低温(-263℃)の暗黒星雲では,その生成は難しいとされていた。

研究では,アミノ酸のなかで最も単純な構造で,かつ暗黒星雲で生成されると考えられているグリシンに着目し,それが極低温で重水素原子と反応して光学活性なグリシンに変化するプロセスを検証した。重水素を含まないグリシン(NH2CH2COOH)は光学活性ではないが,炭素に結合する水素の一つが重水素に置換されると,互いに立体的に重ね合わせることができない光学活性グリシン(NH2CHDCOOH)に変化する。

同大では,極低温の暗黒星雲環境を再現できる実験装置を開発し,その装置内におかれた金属基板上(-261℃)でグリシンと重水素原子を反応させた。反応生成物を高分解能の質量分析計で分析し,どのような分子が生成されたかを明らかにした。

その結果,グリシンと重水素原子との反応によって,グリシンのメチレン基(CH2)の水素が重水素に置換され,光学活性グリシンが生成した。この反応は高い活性化エネルギーを持つため,極低温の暗黒星雲では通常起こりえない。しかし,粒子の波動性に起因する量子トンネル効果によって,-261℃という極低温でも反応が進行することがわかった。

このようなきわめて始原的な環境で生成した光学活性グリシンは,宇宙で最初にできた光学活性分子の可能性がある。今回の結果は,太陽系生成に至るまでの宇宙の長い歴史の中で,かなり早い時期にホモキラリティが発現しても不思議ではないことを示すもの。

生命を構成するアミノ酸や糖がなぜ片方の光学異性体のみで構成されるのかはいまだに謎だが,今回の研究により,光学活性な分子がきわめて始原的な暗黒星雲内で生成可能であることが初めて示され,ホモキラリティ発現の時期に関する知見を得ることができた。

研究グループは今後,光学活性グリシンが分子のホモキラリティ発現にどのような影響を及ぼすのか,実験的に解明されることが期待されるとしている。

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