北大ら,脂質の可視化にレーザーを用いて成功

北海道大学と塩野義製薬は,マトリックス支援レーザー脱離イオン化型質量分析装置を用いた組織学的解析により,マウスの脳において特定のセラミド合成酵素によって制御されたスフィンゴミエリン分子種の異なる局在を明らかにした(ニュースリリース)。

脂質は生体膜の構成をはじめとした種々の生物現象に関わる多機能性分子であり,複数の疾患に関与することが分かってきている。その中でもスフィンゴミエリンは細胞膜やマイクロドメインの構造を維持するために極めて重要な一つとなる。

分子の局在を可視化することはその生理機能を解明する上で有効な手段だが,スフィンゴミエリンをはじめとする脂質は比較的単純な構造を持ちながら非常に多くの分子種が存在するため,免疫染色等の従来の手法では脂質分子の可視化は困難だった。

スフィンゴミエリンはスフィンゴイド塩基と種々の鎖長の脂肪酸から構成されている。研究グループは,マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(試料をマトリックスと呼ばれるイオン化支援剤に溶解させて固化し,レーザーを照射して物質を気体状のイオンにする方法)によるフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析計を用いて,マウスの脳切片上におけるスフィンゴミエリンの分子種ごとの分布を特異的に可視化した。

また,特定のセラミド合成酵素遺伝子の組織内分布を in situ ハイブリダイゼーションによって可視化し,培養細胞系を用いてセラミド合成酵素遺伝子をノックダウンしてスフィンゴミエリン分子種量の変化を測定した。

フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析計は最高クラスの質量分解能を持つことから,マウスの脳切片上で複数のスフィンゴミエリン分子種の特異的な検出・同定に成功した。

イメージング質量分析によりマウスの脳切片上でこれらのスフィンゴミエリンを分子種ごとに可視化すると,炭素数18の長鎖脂肪酸を持つスフィンゴミエリンが灰白質に,炭素数24の極長鎖脂肪酸を持つスフィンゴミエリンが白質にそれぞれ特徴的に分布していた。

灰白質と白質は機能が大きく異なっていることから,スフィンゴミエリンは分子種ごとに生理機能が異なる可能性が示唆された。

また,スフィンゴミエリンの鎖長とセラミド合成酵素ファミリーの組織内分布には相関があり,スフィンゴミエリンの組織内局在はセラミド合成酵素によって制御されている可能性が示唆された。この結果は,培養細胞系を用いたセラミド合成酵素遺伝子の発現抑制実験によって,対応するスフィンゴミエリン分子種が減少したことにより証明された。

これまで可視化できなかったスフィンゴミエリンが,イメージング質量分析を用いて可視化できることが示された。また,分子種ごとの可視化によってそれぞれが脳の特定の領域に分布し,酵素によって厳密に制御されていることも分かった。

この研究成果を基に,スフィンゴミエリンをはじめとした脂質分子の組織学的解析から病気との関係が明らかになれば,新たな診断マーカーの発見につながるとしている。

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