東大,反強磁性体での異常ホール効果を観測

東京大学の研究グループはマンガン化合物Mn3Snにおいて,これまで強磁性体でしか発現しないとされてきた異常ホール効果を,世界で初めてスピンが反対向きに揃う反強磁性体で,しかも室温以上の温度で自発的な巨大異常ホール効果として見出した(ニュースリリース)。

電源オフ状態でも記憶情報が失われない不揮発性メモリの開発が行われており,磁性材料を用いた不揮発性メモリ「磁気メモリ」も実用段階にきているが,高密度化により記憶素子同士の磁気的な干渉が起こることや,スピンの揃いが保てなくなるなど,高密度化に限界があった。

一方,記憶情報の読み出し方法としては,強磁性体層—絶縁体層—強磁性体層の3層構造の間の抵抗変化を読み取る方法をとっているが,構造的に単純な単層で作動し電力の散逸を軽減できるホール効果を利用する方法もある。

ホール効果とは,物質中に電流として流れる電子が磁場を感じることによって,電流方向と垂直な方向に電圧が生じる現象。更に,強磁性体では揃ったスピンが物質内部に磁場を作るため,外から磁場をかけなくてもホール効果が自発的に現れる物質があり,これは異常ホール効果と呼ばれている。

しかし,この異常ホール効果で生じる電圧はメモリ素子として利用するには比較的小さかったために,実用的な開発はほとんどされてこなかった。

最近になり,スピン同士が反平行や,幾つかのスピンで互いに打ち消し合う配置をとる反強磁性体でも,異常ホール効果が起こる可能性が理論的に示唆されてきた。

この反強磁性体ではスピン同士が打ち消し合う配置をとるため,スピンが全体で作り出す磁場(磁化)がほとんどなく,強磁性体で問題となっていた漏れ磁場による素子間で干渉する問題は全くなく,強磁性体に比べて高密度化を飛躍的に進めることができる。

また、反強磁性体は一般に強磁性体よりも3桁以上の速い動作性能を示すため高速化にも繋がる。しかしながら,これまで反強磁性体での自発的異常ホール効果を示す物質は見つかっていなかった。

研究グループは今回,マンガンとスズの化合物であるMn3Snが,反強磁性体でありながら室温で自発的な巨大異常ホール効果を示すことを世界で初めて発見した。この自発的異常ホール効果によるホール抵抗率は,金属でありながら室温で50nmの薄膜において1オームを凌ぐ値であり,実用材料として有効だという。

Mn3Snはカゴメ格子と呼ばれる結晶構造をとるが,スピンがお互いに反対方向を向こうする力(反強磁性相互作用)が働くと,お互いに120度だけ傾いた状態で安定になる。

但し,スピンの向きの取り方には幾つかの種類があり,Mn3Snではスピンがお互いにキャンセルするような配置をとるが,外から磁場をかけると僅かに磁化が観測される。この値は一般的な強磁性体の1000分の1に相当するような非常に小さなもの。

それにもかかわらず,磁化測定の結果では,数百ガウスという比較的小さい磁場によってこの非常に小さい値の磁化の反転が見られ,それに伴いホール効果の電圧の正負が反転することも観測された。このMn3Snにおける自発的異常ホール効果は,反強磁性転移温度である160℃の高温まで特性を示すことも確認した。

この発見は,これまでの磁気メモリ開発の常識を覆す革新的な成果。加えて,Mn3Snは非常に安定な物質で,比較的簡便な方法で物質合成が可能であり,さらに安価で毒性の無い元素で構成されているなど,実用材料として優れた特性を兼ね備えている。

今後の課題としては,磁気メモリ素子の書き込み動作として,磁気構造の反転をもたらすスピン注入磁化反転の適用の可能性について研究を進めていく必要があり,これが可能となれば更に実用化の道が見えてくることになるという。

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