産総研,電圧書込みメモリーの動作・エラー率評価に成功

産業技術総合研究所(産総研)は,電圧を用いた磁気メモリー書込みの安定動作を実証し,実用化に必要な書込みエラー率を実現する道筋を明らかにした(ニュースリリース)。

IT機器の省電力化に対するアプローチに不揮発性エレクトロニクスデバイスの開発がある。スピントロニクス分野では,磁石の磁化が持つ不揮発性記録の機能を利用した,待機電力ゼロの不揮発性メモリー「MRAM」の開発が行なわれている。現在,世界規模で製品開発が進められている電流書込み方式のMRAM(STT-MRAM)は低消費電力の不揮発性メモリーとして期待されているが,それでも書込み電流による電力消費がある。

一方,ナノ秒程度の電圧パルスによる磁化反転は,1)原理的に電流が不要なので超低消費電力,2)ナノ秒程度の高速動作,3)高い耐久性,4)室温で動作可能,などの特徴がある。電圧書込み方式の磁気メモリー「電圧トルクMRAM」はまだ基礎研究の段階だが,将来的にSTT-MRAMよりもさらに低消費電力の不揮発性メモリーになると期待されている。

産総研はこれまでに大阪大学と協力して,厚さが数原子層程度の金属磁石薄膜に電圧をかけて,磁化の向きやすい方向(磁気異方性)を制御する技術の開発に取り組んできた。この技術による電圧トルクMRAMの実用化には,書込みエラー率を10-10~10-15程度以下にする必要がある。しかし,これまでは電圧書込み方式の書込みエラー率を評価した例が無く,メモリーとしての安定動作が可能かどうかも分かっていなかった。

今回産総研では,ギガビット級の大容量メモリーに使用できる垂直磁化型MTJ素子について,ナノ秒程度の電圧パルスによる書込みのエラー率の評価に取り組んだ。また,10-10~10-15以下の書込みエラー率の実現に向けて,実証実験と計算機シミュレーションの両面から検討した。

今回用いた素子は直径120㎚の円柱状で,記録層として1.8㎚の鉄ボロン合金からなる磁石層を用い,絶縁層の酸化マグネシウム層を介して電圧をかけた。10万回の書込みを行って書込みエラー率を評価したところ,実験では4×10-3という比較的低い書込みエラー率が実現された。なお,この実験結果は,計算機シミュレーションの結果とも良く一致する。

10-3台の書込みエラー率でも,書込み後のベリファイを数回実行すれば,メモリーの実用化に必要な10-10~10-15程度の書込みエラー率が実現できるため,メモリーとしての安定動作が可能となる。しかし,ベリファイにより書込み速度が低下するので,ベリファイを用いずに同等の書込みエラー率を実現する必要がある。

これが可能かどうかを調べるために計算機シミュレーション結果,さらなる磁気摩擦係数の低減(0.01以下)と熱じょう乱耐性Δの向上(50以上)により,10-15以下の書込みエラー率の達成が可能と考えられた。

なお,このような磁気摩擦係数と熱じょう乱耐性を持つMTJ素子は,垂直磁化がより安定な記録層材料を用いて,素子サイズをさらに微細化すれば,十分実現可能だという。

研究グループでは今後,今回得られた指針をもとに,低い磁気摩擦定数と高い熱じょう乱耐性Δの垂直磁化MTJ素子の開発と電圧書込みの高精度化を進め,ベリファイを用いずに実用レベルの書込みエラー率実現を目指す。

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