NAISTら,磁石の新たな電子状態を発見

奈良先端科学技術大学院大学と理化学研究所,物質・材料研究機構は共同で,大型放射光施設SPring-8の世界最高性能のX線光電子分光装置を使用して,世界中の研究者を80年にわたり悩ませてきた「マグネタイト(Fe3O4)」には分厚い表面が存在する事を突き止め,その奥に隠れていたマグネタイトの室温での電気伝導を担う電子状態を初めて観測することに成功した(ニュースリリース)。

マグネタイトは人類が初めて手にした磁石であり,「砂鉄」としても一般になじみ深い。現代では,二次電池の材料,磁性ナノ粒子の特性を利用した磁性材料の開発,癌治療への応用などの新しい用途が開発されているが,その正体は現代の科学技術の粋を結集してもいまだに解明できない謎が多い。特に,1930年代に,約-150℃で金属から絶縁体へと変化する(Verwey転移と呼ぶ)ことが発見されたが,現代でもその電気伝導の機構を正しく記述する理論が確立できていない。

研究グループは,高エネルギーのX線を使う硬X線内殻光電子分光法という実験手法を用いてマグネタイトの固体内部にひそかに存在する電子の特徴・性質を調べた。この手法による測定は,大型放射光施設SPring-8で実施した。

従来の内殻光電子分光では,用いたX線のエネルギーが小さかったため固体の表面の電子しか調べることができなかったが,今回の研究では,硬X線を用いることによって,マグネタイトの表面ではなく固体内部の電子の性質を調べることが可能になった。

測定試料は単結晶と薄膜の状態のものを用意し,膜の厚さの異なるものとの比較を行なうことにより,表面の割合をコントロールしマグネタイトの表面と固体内部で電子が分布する状態の違いを調べた。その結果,固体内部にしか存在しない電子の動きに由来する成分が格段に増加したため,従来観測されたことのない新しい電子のエネルギーピークを観測することに成功した。

また,表面の厚さを調べた結果,固体内部とは異なる表面状態が10nm以上とぶ厚くなっていることが明らかとなった。通常の物質であれば,この厚さは固体内部の状態を得るのに十分な厚さ。この異常に厚い表面状態が,内部の電子状態の測定を阻み,これまでのマグネタイト研究を混乱させてきた原因の一つであることが明らかとなった。

この研究では,固体物理学の謎がその異常に分厚い表面相の存在にあることを突き止めた。また,その奥に隠れていた真の固体内部の電子の状態を探り出すことに成功し,そこにはマグネタイトの室温での電気伝導を担う未知の電子状態が隠れていたことを明らかにした。

この成果は,これまでのスペクトル解釈の定説を一気に覆す可能性があり,長い間超難問題とされてきたマグネタイトの伝導機構研究に新たな視点と理解を可能にするもの。さらに,マグネタイトの光電子分光測定によるスペクトルはその特徴的な形状から,物理・化学・生物の広領域にわたる応用研究で指紋認証のように利用されている。そのため,今回明らかとなった結果は,非常に広範囲の研究分野に大きな影響を与えるとしている。

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