東大ら,物質が結晶化する瞬間の観測に成功

東京大学と大阪大学の研究グループは,X線1分子追跡法(Diffracted X-ray Tracking; DXT)を応用し,過飽和溶液中のイオンの動きを観察することに世界で初めて成功し,結晶核が生成する直前及び生成の瞬間において,従来の予想に反して,イオンが激しい運動をしていることを明らかにした(ニュースリリース)。

DXTとは,直径20-50nmの超微小金ナノ結晶の運動をX線回折観察から高速時分割追跡できる1分子計測手法で,現在,世界最高精度で最高速度を誇る1分子動画計測手法。

水から氷が析出する現象や,生体内に胆石ができる現象等,液体から固体が現れる析出現象は,食品や医薬,工業製品などの幅広い製品の生産において利用されている。

また医療現場においても,タンパク質分子の異常凝集が疾病原因と言われる難病が存在するなど,様々な研究・開発領域に関係する,どこででも起こっている物理化学現象と言える。

この析出過程は,溶解度よりも多くの溶質を含んだ過飽和状態から,結晶核形成によって開始されると理論的に予測されていた。しかし,イオンなどの溶質の微小運動を高精度に,かつ高速に測定できる計測方法がなかったため,これまでその現場を観察することはできなかった。

今回研究グループは,大型放射光施設SPring-8において,過飽和現象を容易に安定に作製できる酢酸ナトリウム過飽和溶液中(6.4モル)に金ナノ結晶を分散させ,溶液中の微小動態変化を高速DXT測定した。

実験では,過飽和状態時に存在するといわれるイオン集合体と金ナノ結晶の相互作用を用いて過飽和現象の動的挙動を観察し,高精度な回転運動に着目して解析を行なうことで,過飽和溶液状態を詳細に計測することに成功した。

実験結果として,過飽和溶液中では,遅い運動(40mrad/ms)と極めて速い運動(1040mrad/ms)の二つの異なるモードが共存していることを確認した。特に,この速い運動モードでは,数十ナノメートルのイオン集合体が存在していて,しかも非常に激しく伸縮している状態にあることを示唆している。

DXTの結果を確認するためにX線小角散乱法 (Small Angle X-ray Scattering:SAXS)も併用した。SAXSは,溶液中の電子密度をX線散乱現象で計測する物質の構造を観測できる伝統的なX線計測法。このSAXS測定の結果からも,そのような大きさの構造体の存在が示唆された。

数十ナノメートルのイオン集合体が存在すること自体は理論的に予測されていたが,今回初めて実験的に確認された。また,それが激しい運動をしていることについては予想もされていなかったので新しい発見となったとしている。

また,この激しい運動モードを金ナノ結晶に加わる力として換算すると,フェムトニュートン(fN)という極めて微弱な力場が過飽和溶液中に関与していることも確認できた。

この極めて動的な溶液現象こそ,結晶化できる濃度の過飽和溶液においてイオンが激しく動くことで,結晶化せずに溶液状態を保持する重要な物理因子であり,この力場が結晶核形成のトリガーであると考えられるという。

これらの研究成果により,過飽和溶液状態の根本的メカニズム解明のみならず,過飽和状態の制御や,過飽和現象を利用した新しい材料開発が進むことが期待されるとしている。

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