理研,金属表面上での新しいエネルギー伝搬を発見

理化学研究所(理研)の研究チームは,金属表面上に吸着した一酸化炭素(CO)分子の振動励起による拡散を観測し,「倍音振動の多段励起」を介する新しいエネルギー伝搬過程を発見した(ニュースリリース)。

固体表面上に吸着した分子の振動状態は,吸着分子間および吸着分子と基板間の相互作用の影響を受ける。そのため,吸着分子の振動状態を計測すれば,吸着や脱離,解離,拡散,化学反応などの表面反応素過程を理解する上で重要な情報を得ることができる。

研究チームは2010年に,走査型トンネル顕微鏡(STM)を用いた「アクションスペクトル測定法(STM-AS)」を開発し,表面反応素過程のメカニズム解明に取り組んできた。STM-ASとはSTMの探針からトンネル電子を吸着分子に注入し,分子の振動を励起と,それに伴うエネルギー伝搬過程を調べることで,分子の反応と運動の機構を定量的に理解できる手法。

STM-AS法を用いた先行研究によると,固体表面上に吸着した分子特有の振動モードは,反応障壁(反応が起こるために必要なエネルギー)より高いレベルのエネルギーを持つ振動モードの励起に起因する例がほとんど。

今回研究チームは,弱い吸着系である銀基板上の吸着CO分子を用いて,CO分子の拡散過程を調べた。熱による振動が起こり得ない極低温(5K,-268℃)において,STM-AS法を用いてCO分子の拡散収率を求めた。

その結果,銀基板上におけるCO分子の拡散障壁より低いエネルギーレベルを持つ,基板-CO分子間伸縮振動モードの2倍,3倍,5倍音モードの多段励起によって,吸着CO分子が拡散運動を起こすことが明らかになった。

すなわち,反応障壁より低いエネルギーを持った振動モードは,多段励起というエネルギーの積み重ね過程によってエネルギーを効率良く利用し,拡散障壁(拡散が起こるために必要なエネルギー)を越えられることを実験的に証明したことになる。

この成果は,これまで,振動エネルギー移動ダイナミクスにおいて議論されなかった,倍音振動モードの励起の重要性を主張できるもの。今後,同分野において新しい概念の展開につながると期待できるとしている。

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