東工大,省電力半導体に有用な複素環化合物を開発

東京工業大学の研究グループは,ベンゼン誘導体からふたつの水素を取り去った化学種である「アライン」にリンを含む環状アニオン化学種を組み合わせる化学反応によって,結合不足(開殻一重項)状態にある複素環化合物を安定的に合成する手法を開発した(ニュースリリース)。

ふたつのラジカルを含む複素環化合物(1,3-ジホスファシクロブタン-2,4-ジイル)は,リン原子の効果によってふたつのラジカル電子が反平行となった一重項状態にある。このような「結合の足りない」状態は開殻一重項とも呼ばれ,極めて不安定であるのが普通だが,適切に置換基を配置することによって空気中でも扱えるようになる。

研究グループは以前,この開殻一重項複素環化合物がp型半導体としての性質を示し,しきい値電圧の低い電界効果トランジスタとして機能することを見出していた。

安定した化合物を得るための方法として,複素環開殻一重項分子のリン上に芳香族構造を導入すると,分子の特性を制御することができることがわかっていた。その方法として研究グループは芳香族求核置換反応を見出しているが,導入できる置換基が電子不足な芳香族置換基に限られ,p型半導体として有用な複素環開殻一重項構造を活用できる化合物を合成するには不向きだった。

導入できる置換基が電子不足な芳香族置換基に限られていた理由は,合成前駆体である複素環アニオンの求核性が低いため。そこで今回,ベンゼンからふたつの水素を取り去った「ベンザイン」の求電子性に着目した。

ベンザインは,ひずんだ炭素-炭素三重結合構造を含む極めて不安定な化学種として古くから知られており,その反応化学を利用して有用な有機化合物が数多く合成されている。高い求電子性を示すベンザインを導入する置換基として用いれば、合成前駆体の複素環アニオンが問題なく反応して安定した化合物が得られると考えた。

まずグラムスケールで合成供給可能なホスファアルキンとアルキルリチウムから誘導したリン複素環アニオンを調製した。次にこれに反応させるアライン(ベンザイン構造を持つ分子種)の発生法を種々検討したところ,温度を注意深く制御しながら2-シリルトリフレートとフッ化物イオン試薬による発生法を適用することによって,複素環アニオンに芳香族構造が効率よく導入され,対応する開殻一重項化合物を空気中で安定的な濃青色固体として得ることに成功した。また,用いるアライン前駆体の構造を変更すると,導入できるアリール構造を変化させることができる。

得られたリン複素環開殻一重項化合物の溶液を用いて簡便なドロップキャスト法で電界効果トランジスタ素子を作成したところ,しきい値電圧-4 Vでp型の半導体挙動を示した。また,フッ化水素(HF)を付加すると色調が黄色に変化し,塩基を作用させればフッ化水素がはずれて元に戻るため,フッ化水素検知物質ともなる。

今回開発したアラインを用いる開殻一重項複素環化合物の合成法を活用することで,より安定で性能の高い有機半導体やセンシング材料の開発につながると期待されるとしている。

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