東大,テラヘルツ円偏光スイッチング素子を開発

東京大学の研究グループは,波長の長いテラヘルツ光の偏光状態を右円偏光と左円偏光に切り替えられる円偏光スイッチング素子を作製することに成功した(ニュースリリース)。

光を物質に照射して物質の性質や構造を調べる際に,光の電場の振動方向がそろった偏光を活用すれば,物質の情報を従来よりも詳細に得られる。たとえば,物質に円偏光を照射して,光の透過にかかる時間や強度の変化を観測することによって,分子の立体的配置の差異であるキラリティの情報が得られる。

これにより,鏡像異性体である左手系分子・右手系分子の混合比率を知ることができる。特に,波長の長いテラヘルツ光(波長は数百μm)を使うと,スケールの大きい構造の立体配置の違いを反映したスペクトルから,たんぱく質の折り畳みなどの情報をリアルタイムに得られる可能性があり,バイオ分野への応用が期待される。

さらに,半導体にテラヘルツ光の円偏光を照射すると物質中の電気の流れやすさを非接触で計測できるので,エレクトロニクス分野への応用も有望となる。また,偏光状態をある状態から別の状態に動的に切り替えられれば,測定精度が向上し,さらに細かな分子の情報も得られると期待されている。

しかしながら,これまではテラヘルツ光の偏光状態を切り替えられる簡便なデバイスが存在しておらず,それがテラヘルツ光の偏光を活用した技術の開発を妨げていた。

研究グループは、直径150μmの変形可能な金属の渦巻き構造を縦横に多数配列したメタマテリアルを作り,これを用いてテラヘルツ光の偏光状態を動的に切り替えられる光学デバイスを実現した。渦巻き構造は薄膜で構成されているため,渦巻きの垂直方向に力をかけると,渦巻き構造を立体化して,らせん構造をつくることができる。

このとき,力を下からかけると,らせんは左巻きに,力を上からかけると,らせんは右巻きになるため,らせんの巻き方向を,力をかける方向によって切り替えられる。強い偏光変調機能を得るためには,らせん構造を立体的に作ることが必要であることは知られていたが,微小な立体らせん構造に変形機能を与えることは難しく,これまで実現されていなかった。

今回,MEMS技術により,シリコン基板をエッチング加工することで,直径150μmの渦巻き構造を,170μm間隔で縦横に配置した。この大きさのらせん構造は,波長が数百ミクロンに相当する,テラヘルツ光に対するメタマテリアルとして機能する。

研究グループは,このらせん構造を変形させる外力として,空気圧を利用した。渦巻き構造の下側に圧力をかけた場合は上側方向に変形し,上側に圧力をかけた場合は下側の方向に変形する。

物質の円偏光に対するスペクトルには分子の立体構造を知る手がかりが含まれるので,この切り替え素子は,たとえば,X線回折像の解析からは得ることが難しい大きな物質の構造の情報を,簡便に取得する技術に応用されることが期待できる。

例えば,たんぱく質の特徴的な構造や,左巻きの分子か右巻きの分子かという鏡像異性体を識別するための円偏光フィルタに応用可能であるため,薬学・医療などのバイオ分野への応用が期待される。将来的には,危険薬物などの分析を現場で実行できる,コンパクトな分析機器の実現につながるとしている。

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