東北大ら,低エネルギー電子の放出機構を実証

東北大学,京都大学,産業技術総合研究所,理化学研究所,独ハイデルベルグ大学等による合同研究グループは,安定な2価イオンが原子集団の中に存在すると,周囲にある原子をイオン化して低エネルギー電子を放出する新しい現象を観測した(ニュースリリース)。

物質にX線を照射すると,X線のエネルギーよりも一桁以上低いエネルギーを持つ電子が飛び出す。このような現象は様々な場面で利用されているが,その機構の詳細は解明されていない。最近,X線照射により生成される安定な2価イオンが周囲の原子から低エネルギー電子を放出させる機構が理論的に予測された。

研究では,この機構を実証するための実験を,ネオン(Ne)原子とクリプトン(Kr)原子の混合クラスターをモデル系として行なった。実験には波長のそろった強度の強いX線が必要であるため,大型放射光施設SPring-8から得られるX線を用いた。

全ての物質を構成する原子は,種類によって吸収しやすいX線の波長が異なる。研究では,SPring-8のビームラインBL17SUにおいて,ネオン原子が吸収しやすい領域にX線の波長を合わせ,ネオン原子とクリプトン原子の混合クラスターに照射して,クラスター中に2価ネオンイオンを生成した。

生成した2価ネオンイオンは安定で,周囲に何もなければ(孤立していれば)2価イオンのままでいる。しかし,今回試料としたクラスター内のように,2価ネオンイオンの周囲にクリプトン原子が複数存在すると,クリプトン原子から電子を1個奪って1価クリプトンイオンとし,自らは1価ネオンイオンとなり,さらに別のクリプトン原子から電子を突き飛ばして1価クリプトンイオンをもう1個生成することが理論的に予測されている。

この第二のクリプトン原子から放出される電子のエネルギーは,非常に低くなることが予測されている。結果として,1価ネオンイオンが1個,1価クリプトンイオンが2個,低エネルギー電子が1個生成する。研究では,このようにして生成した合計3個のイオンと電子の運動量を同時に計測した。得られた電子の運動エネルギー分布の中に,ネオン原子やクリプトン原子それぞれ単独の場合には観測されない低エネルギーの電子を検出することで,理論的に予測された新機構を実証した。

この研究で実証した過程では,異なる原子が含まれる集団の中の原子がX線を吸収すると,ほぼ100%の確率で低エネルギーの電子が飛び出してくる。低エネルギーの電子はデオキシリボ核酸(DNA)の鎖を切断し,細胞の死滅に繋がる。従って,このようなX線照射による低エネルギー電子生成過程を一つずつ解明していくことが,放射線損傷を制御し,放射線治療を効果的かつ正確に行なうためにも重要な役割を果たしていくとしている。

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