技研公開2017に見る8K技術最前線

NHK放送技術研究所(技研)が開発を進める放送技術に関する研究内容や成果を一般に公開する「技研公開2017」が5月25日~28日,東京・世田谷にあるNHK放送技術研究所で行なわれた。

2020年の東京オリンピックでの本格普及を目指し,技研はスーパーハイビジョン(8K)放送の研究を行なってきた。カメラ,ディスプレー,伝送装置,編集機器などは製品レベルの試作機が一通り登場し,昨年からは試験放送も開始されるなど,その成果は一定の形となって表れている。そのため,ここ数年は開発技術の実用化に向けたブラッシュアップが展示の中心となっている。

高輝度8Kプロジェクター

例えば8Kレーザープロジェクターは2年前,120fpsを実現した試作機を発表しているが,今回はこれを改良して高輝度化・低干渉化した。光源の半導体レーザーを高出力化してダイナミックレンジを5000:1から10000:1(出力 14,000lm)にすると共に,ピーク波長をブロード化(~20nm程度)することでスペックルの発生を低減している。

また,直視型ティスプレーでは昨年,65インチの超薄型4K有機パネル(厚さ:パネル部1mm,接合部2mm)を4枚繋いだ130インチシート型ディスプレー(非フレキシブル)を展示したが,今回はこれを120fpsに高速化するなど「フルスペックスーパーハイビジョン」規格を満足させるための研究が続けられている。ここでは,8Kのさらなる実用化,高性能化に向けて行なわれた技術展示を紹介する。

高色純度有機ELデバイス(右)

■高色純度有機ELデバイス
フルスペックスーパーハイビジョンの要件を満たすためには,BT.2020で規定される色域に対応する必要がある。液晶ディスプレーと比べて色域が広い有機ELだが,BT.2020を満足するには高い色純度を持つ緑色材料の開発が遅れている。技研では2段階の手法で緑色材料の開発を試みた。まずデバイス構造を,光取出し効率に有利なトップエミッションとした。これによりデバイス表面の有機材料層で起きる光の干渉により,特定の波長を強めることに成功した。

次に,有機発光材料の周辺材料の改良を試みた。具体的には有機発光材料をイリジウム錯体のものから白金作錯体に変えると共に,有機発光材料に電荷を渡す役目をするホスト材料も改良した。その結果,外部量子を3~5%改善することに成功,BT.2020を90%以上カバーすることができた。ただし,従来材料に比べて寿命が1/10程度と短いことが分かっており,今後原因を究明するとしている。

広ダイナミックレンジ撮影のデモ

■3次元構造撮像デバイス
8KカメラにはCMOSセンサーが使われているが,さらなる多画素化・高フレームレート化には現状の2次元構造では限界がある。技研では,現在画素上に混載されている受光部と信号処理部を分け,3次元に積層する技術を開発している。現在の2次元構造では信号を画素の列ごとに読み出して処理するため,多画素化するとその分処理回数が増えていたが,3次元積層により信号を並列で一括処理することが可能になり,飛躍的に処理速度を上げることができる。

技研ではこの技術を数年前より開発している。前回の展示では画素サイズが80㎛だったのに対し,今回はレイアウトの工夫により50㎛と微細化し,320×240画素のデバイスを試作した。高速処理により画素が飽和する回数をカウントすることで,2次元デバイスでは白飛びしてしまう部分の広ダイナミックレンジ撮影が可能となる。受光部と信号処理の積層技術は東京大学との共同研究。今後,さらに積層数を増やす研究を進め,多画素センサーが必要な立体映像用カメラなどに応用していく。

開発した量子ドット(右)

■環境に配慮した量子ドットEL素子
広色域ディスプレーは高い純度で発光する材料が必要となるため,発光スペクトルの半値幅が狭い量子ドットが期待されている。しかし,これまでに実用化されている量子ドットは毒性の高いカドミウム(Cd)を含んでおり,環境配慮の点で問題があると指摘されていた。

これに対し技研では,Cdを含まない独自の量子ドットを用いたEL素子,ZnS-AgInS2固溶体(ZAIS)の開発を試みている。ZAISは粒径に加え,ZnSの組成比率によってもバンドギャップの制御ができるという特長がある。今回,緑~赤の発光を示す量子ドットELを試作した。青色はまだ完成しておらず,半値幅もCd系量子ドットが30nm程度なのに対して150~200nm程度あるが,非Cd系の量子ドットとしては比較的高い外部発光量子効率(1.6%)を得られており,今後改善を目指すとしている。

導体化でチャネル長を稼げる

■シート型ディスプレーに向けた高速駆動薄膜トランジスター
技研では,8Kの家庭への導入にはロールアップや折り畳みが可能なフレキシブル基板を用いたシート型ディスプレーが必要と考えている。その実現には有機EL素子を制御する薄膜トランジスタ―(TFT)を大面積に形成する必要があり,低温・大面積形成に適した酸化物半導体を用いた,低電圧・高速駆動できるTFTを開発している。

TFTの大電流化には電子の移動度を上げるかチャネル長を短くすることが有効となる。今回,酸化物半導体In-Ga-Sn(Tin)-O(IGTO)を用いたTFTを作製したところ,TFT保護膜(SiNx)からの水素注入による導体化現象を見出した。これによりチャネル領域のうち中央部分が導体化するために実効的にチャネル長が短縮し,大電流化することが分かった。微細加工が難しい大面積にも適用可能なことから,今後さらに高性能化を目指すとしている。

■8K放送実用化への障壁は?
8K放送に必要な要素技術はほぼ出揃った。今後は地上波での本格的なサービスの開始が待たれる訳だが,最後に欠けているとすれば地上波で8K映像信号を伝送するためのエンコード技術だ。

8K映像のビットレートは60fpsで72Gb/s,120fpsだと144Gb/sにもなる。今回,データ圧縮による地上波伝送のデモを行なっていたが,これは72Gb/s信号を地上波で伝送可能な約60Mb/sまでに圧縮するというもの。ここまで圧縮すると流石に背景を中心にブロックノイズが目立ち,せっかくの8Kを活かしきれていない印象となる。

技研では偏波を用いた伝送容量の拡大も提案しているが,これには送受信側共に新たなアンテナの設置が必要となるため,今後は次世代コーデックの開発とその国際規格の制定の動向が,8Kの地上波放送とその普及を実現する最大のカギになるだろう。

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