新たなアプローチが試されるテラヘルツ波デバイス ─JSTプログラムに見るその動向

■超小型半導体テラヘルツ波光源
超小型半導体光源 出典:JST
超小型半導体光源 出典:JST

東京工業大学教授の浅田雅洋氏は,半導体共鳴トンネルダイオード(RTD)発振素子を用いた「超小型半導体テラヘルツ波光源」を紹介した。

従来のテラヘルツ波光源は大型で,複数の装置やデバイスが必要という問題があった。一方,半導体ベースの光源として量子カスケードレーザーが小型化を実現しているが,こちらは室温動作ができないという問題がある。

開発したデバイスは,約1 mm角のRTDの上にシリコンレンズを乗せた構造で,構造の最適化とアンテナの損失を削減するとこで約0.5~2 THzを室温で発生する。1 THz動作における出力は数10μW,動作電圧は<1 V,動作電流は数10~100 mAとなっている。

RTDはGaInAs薄膜をAlAs薄膜で挟んだ構造を持ち,この部分が電流を流した時に微分不正抵抗領域となることでテラヘルツ波の発振・増幅を行なう。非常に小型・低消費電力なことに加え,現在1 THz以上のコヒーレント波を室温で発生できる唯一の半導体デバイスだという。

ただし,実用化には高出力化が必須となる。例えばイメージングで0.5~1 mW,短距離通信で100μW程度の出力が求められるほか,分光では高出力であるほど使いやすいとされる。今回,高出力化を目指して2素子のアレイ化による実験を行ない,出力0.61 mWを620 GHzにおいて得ることができた。

また,さらなる小型化を目指し,レンズ構造についても研究を行なっている。現状のSiレンズは3次元構造のため高さがあり,RTDとの位置決めも難しい。さらにレンズ界面での損失もある。そこで,集積化に有利な誘電体薄膜を用いたダイポールアレイ集積構造や,ラジアルラインスロットアレイの配置により,レンズを用いずに同様の効果を得ることができる構造を検討している。特に後者は円偏波出力となるので,通信に適しているという。

半導体なので集積化が容易で,出力強度変調や周波数可変といった機能を付加することができる。直接変調回路を集積した通信実験では,エラーフリーで25 Gb/sの速度を得ることができた。また,異なる周波数のRTDを2組,それぞれ偏波が直交するように集積化した多重通信実験では,各周波数(500 GHz,800 GHz)で28 Gb/s,計56 Gb/sの通信に成功した。

さらに,バラクタダイオードを集積することによって電気的に周波数を変えることができる。研究では,発振周波数の異なる4つのRTDとバラクタダイオードを集積し,580~900 GHzで可変するテラヘルツ波光源を試作した。

この光源を用いて分光分析を行なったところ,通常の時間分解THz分光測定の結果とよく一致した。将来的にはこの光源と検出器を伝送路で結び,チップ化することで,試料を直接乗せて分光分析できる分析チップが可能になるのではないかとしている。

さらに,周波数揺らぎを抑える位相同期回路によってテラヘルツ波の狭線化も可能だという。

最大の課題である高出力化については,まずは単体の出力を上げ,それをアレイ化する方向で研究を進めている。さらに,より高周波帯もカバーする構造も目標としている。

■THzテクノロジープラットフォーム「TTP」

今回発表を行なった「テラヘルツ波新時代を切り拓く革新的基盤技術の創出」では,研究開発中の素子や装置を他の研究開発グループなどに供試して実際に使用してもらい,そのフィードバックを開発に活かすことで,テラヘルツ技術の応用分野の拡大,社会実装,市場開拓を加速する試み,「THzテクノロジープラットフォーム」(TTP)を立ち上げている。

TTPでは今回の発表を含む,利用可能なデバイス,モジュール,機器等のリストを公開しており,より広い利用を呼び掛けている。詳細については「JST TTP」で検索されたい。◇

(月刊OPTRONICS 2017年6月号掲載)