液晶性を活用した実用的な有機薄膜トランジスタ材料

1. はじめに

液晶相とは液体と固体の中間相であり,分子が自己組織化によりある種の凝集構造を取る物質を液晶物質と呼ぶ。通常,この液晶物質の液晶相に電圧を印加し分子配向を変え光の透過率を変化させることで液晶ディスプレーが動作する。現在の高精細・高速応答の液晶ディスプレーの実現にはアクティブマトリックス駆動が必須で,バックプレーンと呼ばれる薄膜トランジスタが重要となる。

現在,実用化されている薄膜トランジスタはアモルファスシリコンに代表される無機半導体薄膜で,ドライプロセスにより製膜されている。無機材料は原子間の共有結合を切断し,その上で適切に共有結合を再度結合させる必要があり,通常400℃以上の高いプロセス温度が必要で,高温に耐えられるガラス基板が用いられている。そのため,耐熱温度が100℃程度と低い安価なプラスチック基板上に無機半導体薄膜を作製することは困難で,今後期待されているフレキシブルディスプレーやフレキシブル電子回路の実現には,100℃以下の低温で製膜できる有機トランジスタが求められている。

有機半導体材料は弱い分子間力で凝集するために,半導体材料としての性能の指標である移動度(単位電界あたりのキャリア速度)が無機半導体材料に比べて低い。トランジスタとしてはON電流を大きくする必要があり,高移動度を示す可溶性の低分子結晶材料が期待されている。このような有機材料は,印刷法で電子デバイスを作製するプリンテッドエレクトロニクス用の半導体材料として期待されている。

2. 液晶性有機半導体材料の特徴

可溶性の低分子結晶材料では結晶核の形成を制限し,結晶成長を制御することで,溶液プロセスを用いても比較的大きな,単結晶様の結晶薄膜を形成することができる。しかし,プリンテッドエレクトロニクスで求められる各種の印刷法では短時間のプロセスであり,結晶核形成と結晶成長の制御は容易ではなく,さらに,作製された結晶薄膜の不均一性は素子特性の大きなばらつきの原因となる。そこで,可溶性の低分子結晶材料の現状の課題を示し,液晶性を活用することでこれらの課題を解くことができることを解説する。

2.1 液晶相の特徴と分子配向制御性

液晶とは,π電子共役系からなる剛直な分子骨格(コア部)と柔軟な炭化水素鎖からなる主に棒状の構造をもつ分子が示す,液体と結晶の間にしばしば現れる分子凝集相(液晶相)である。そのため液晶相は液体と結晶の間の温度領域で発現する。この温度領域では,液晶分子は自発的に並び,配向した凝集構造を形成する。この特徴的な分子構造を持つ液晶分子は,その分子の構造異方性や分子間の相互作用の結果,凝集構造の異なるさまざまな液晶相を発現する。

液晶物質は結晶と液体の間の中間相であるために結晶に比べてソフトな凝集形態を示し,均一な液晶薄膜を形成しやすい。さらに,一般の有機物と同様に温度を下げると結晶化する。このため,液晶物質の結晶薄膜を有機半導体として利用することが可能である。工学的な視点でみればソフトで自己組織化により均一な薄膜を形成しやすい液晶薄膜を,結晶膜の前駆体として利用することは,非液晶物質にはない大きなメリットを生むことになる。

この液晶性を活用することによって得られるメリットの一つは,基板,空気界面を利用することで,薄膜の配向方向を大きく制御できる点である。有機トランジスタのように横方向の電流を流すデバイスでは,コア部のπ電子共役部位の凝集が水平方向に輸送パスをとるように基板に対して分子を垂直に配向させる必要がある。液晶相においては容易に均一な薄膜が形成できるばかりでなく,配向も制御できることから,配向させた液晶薄膜を結晶化させることにより,結晶薄膜においても分子配向が制御された均一性の高い結晶膜を得ることができる1, 2)

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