ホログラム光学素子と信号処理を融合したイメージング技術

1. はじめに

体積ホログラムとは,三次元的な屈折率分布構造を有する弱散乱体である。角度・波長選択的な光波の記録・再生が可能であることが特徴である。光学素子としての利用も可能であり,体積ホログラムにより実現される光学素子は一般的にホログラム光学素子(Holographic Optical Element,以下HOE)と呼ばれる。HOEはホログラムであるため,単一平面素子形状であっても多様な(しばしば屈折光学素子では不可能であるような)インパルス応答の記録・再生が可能である。また,素子の透明性や角度・波長選択性により,シースルー型反射素子や透過型フィルムとしての利用が可能である。本稿では,このような特徴を持つHOEと信号処理を組み合わせた新規イメージング技術について,著者らの近年の研究成果を紹介する。

2. HOEによるシースルー4Dディスプレイ

近年,裸眼式4Dディスプレイの一方式としてライトフィールド(LF)ディスプレイ技術が研究されている。様々な場所・方向に飛び交う光線群(以下,光線場)をそのまま空間に再生する技術であり,複数人での裸眼観察が可能であること,観察位置の制約が少ないことが立体ディスプレイとしての特徴である。LFディスプレイでは,一般的に2Dディスプレイとレンズアレイの組み合わせにより光線場を実装する。2Dディスプレイの表示画像をレンズアレイに対して信号処理により最適設計することで,任意の4D画像を空間に表示できる。もしLFディスプレイをシースルースクリーンにより実現できれば,例えば実世界に溶け込むような存在感を感じさせない4D映像装置が実現可能となり,新しい拡張現実(Augmented Reality,以下AR)技術の開拓につながると考えられる。

図1 HOEを用いたシースルー4Dディスプレイ構成
図1 HOEを用いたシースルー4Dディスプレイ構成

我々は,反射型レンズアレイとして機能するHOEとプロジェクタを組み合わせたシースルーLFディスプレイ,及びそのインタフェース応用を研究している1, 2)。構成を図1に示す。提案する光学システムでは,プロジェクタの投影像をHOEに作用させることで光線場及び4D映像を生成する。ここで,HOEは斜入射した平行光を鉛直前方空間の光線場に変換する素子として機能している。観察者の立場からは,HOEは4Dディスプレイのシースルースクリーンとして機能する。

提案システムではプロジェクタの投影画像をHOE上に正確にマッピングする必要があるため,プロジェクタ-HOE間のアライメントが必須となる。そのためにはパターン投影に基づきプロジェクタ-HOE間の幾何関係を計測する必要があるが,HOEは透明であるため計測方法に工夫が必要となる。我々は,この幾何関係計測,及び幾何歪みを補償するための画像の較正を高速かつ安定に実現する手法を提案している2)。原理や効果の詳細は参考文献を参照されたい。

図2 4D映像の表示結果
図2 4D映像の表示結果

提案手法による4D画像の表示結果を図2に示す。プロジェクタ(VPL-VW500ES, Sony)の解像度はDCI 4Kであり,スクリーンサイズは120 mm×67 mmである。HOEには縦横1 mm間隔でオフアクシス反射型レンズをマトリクス状に敷き詰めて記録している。HOEは,フォトポリマー(Bayfol HX120, Covestro)と三波長同軸干渉光学系を用いて露光したものを使用している。表示実験により,視域31度,奥行き±3 cmの4D画像の良好な表示が確認された。現在,当該システムの3Dタッチインタフェース応用,及びそのためのリアルタイム化・大画面化の研究を進めている。

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