近赤外光を活用できる有機金属錯体の合成技術

1. はじめに

太陽光は無尽蔵かつクリーンなエネルギー源であることから,再生可能エネルギーとしての活用をはじめ,幅広い基盤技術において必須である。光材料科学の観点からは,どの波長域の光を用いるかが重要となる。中でも可視光(400〜700 nm程度)を強く吸収する材料はヒトの目に鮮やかな色として映ることもあり,非常に古くから研究がされてきた。一方,近赤外光(特に700〜1000 nmの波長域)は太陽光エネルギーのほぼ半数を占め,かつ自然界のほとんどの物質と相互作用しないため,この領域を活用できる材料は,太陽エネルギーをより有効に活用でき,かつ感度や安全面でも優れていると考えられる。しかし,その特性上近赤外光はヒトの目で知覚できず,研究の注目度という意味でも可視光ほど注目されてこなかった。
図1 フタロシアニンの一般的構造とその特徴(上)および最近の研究例(下)
図1 フタロシアニンの一般的構造とその特徴(上)および最近の研究例(下)

私どもはこれまで,フタロシアニンと呼ばれる有機色素を基盤として,近赤外光を活用できる材料の開発に取り組んできた。フタロシアニンは古くは顔料として,最近では記録材料や医療材料など幅広い分野への応用が提案されている有機材料である。構造的な特徴として,「有機配位子」と「無機金属元素」の組み合わせから成ることが挙げられ,これらを自在に組み合わせることで様々な機能を産み出すことができる(図1)。一方で,フタロシアニンが主に利用できる光波長は600〜700 nm程度であり,近赤外光を利用するにあたっては何らかの工夫が必要である。

例えば,最近私どもはフタロシアニン周辺に硫黄を導入することで800 nm程度の近赤外光利用を実現し,さらに中心にケイ素を導入した上で生体応用に有利なカチオン部位を導入することで,近赤外光照射により細胞毒性を制御できる医療材料の開発に成功した1)。このように,目的の物性を持つ材料を得るためにはやや複雑なチューニングが要求されるのもまた事実である。ならば,近赤外光を活用できる,根本的に新しい材料骨格が開発できれば近赤外光材料の分野に多大な貢献ができるのではないか,というモチベーションでも同時に研究を進めている。本記事では,そのような観点から最近私どもが開発した,全く新しい構造を持ち,近赤外光を強く吸収する有機金属錯体2)について紹介する。

本研究は有機合成化学の範疇に入るものであり,光産業技術の業界においては「かなりマイナー」な分野であると言える。また,今回開発した材料がただちに直接社会に還元できるというわけでもない。しかし,フタロシアニンが約1世紀前に偶然の副生成物から発見された3)歴史を踏まえても,魅力ある特性を持つ有機色素は何かの応用研究に必ずつながるはずだ,と考え研究を進めている。

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