武蔵と小次郎が見た光

月谷昌之介

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慶長17年(1612年)4月13日,巳の下刻(午前11時ごろ)。宮本武蔵と佐々木小次郎は巌流島の海岸で,今まさに命をかけた決闘の時を迎えようとしていた。世紀の決闘に武蔵がわざと遅刻をしてやって来たことや,刀の鞘を投げ捨てた小次郎に対して「小次郎敗れたり」と放言したことはあまりにも有名である。この件について両者言い分はあるだろうけれど,ここでは本題ではないので触れない。

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