分光計測技術の最近の動向

1. はじめに

最近,分光計測技術が非常な勢いで発展してきている。言うまでもなく,光源や検出器の進歩がその主な理由である。しかしそれをさらに支える技術,例えばナノテクノロジーの進歩などがベースにあることはもちろんである。分光計測技術の最近の動向でもう一つ注目すべきことは,相当な勢いで分光法,分光器が先進国以外に浸透しているという点である。筆者は8月に5年ぶりにタイを訪問したが,2,3の有名大学では分光器の数が大幅に増えていた。分光器の市場が確実に世界的に拡がりつつあると言っていいであろう。市場拡大が分光計測技術の発展を後押ししている。

8月の末に済州島で開催されたラマン分光学国際会議(ICORS-2018)には900名近い参加者があった。大変な熱気に包まれた会議であった。9月初めに名古屋で開催された赤外ミリ波とテラヘルツ波に関する国際会議(IRMMW-THz2018)にもやはり800名近い参加者があった。ラマン分光にしろテラヘルツ分光にしろこのところ急激な拡大が続いている。

本稿では分光計測技術の最近の動向について報告する。筆者の関係する分野が中心となることをお許しいただきたい。

2. ラマン分光

ラマン分光の進歩は装置開発から各種応用まできわめて広範囲に及ぶが,筆者が一番注目するのは顕微ラマン関係の進歩である。各企業がしのぎを削る戦場となっている。300万円の顕微ラマンまで市販されるようになった。また顕微ラマンの空間分解能は,従来,最高500 nm程度であったが,最近は300 nmあたりまで来ている。ラマン分光も顕微測定が主流になりつつあると言ってもいいかもしれない。ラマンイメージングの装置も数社から市販され,3次元イメージングができる装置もある。Line illuminationとlaser beam scanを用いた超高速ラマンイメージングシステムも市販された(ナノフォトン)。研究面では誘導ラマンイメージングとCARSイメージングの研究が注目される。

ラマン光学活性(ROA)はその重要性にもかかわらず,装置開発の進歩は依然遅い。市販品というより自作の興味深い装置が国内外で報告されている。ラマンの小型化も注目すべきである。これにはコンパクトラマン,ポータブルラマン,ハンドヘルドラマンと段階があるが,いずれも市販品のバリーエーションが非常に大きくなった。1064 nm励起のハンドヘルドラマン(リガク)などもある。ラマンが目的に応じて使える時代になってきている。Wasatch Photonics社は,ユニークなコンパクトラマン分光システムを発売した。このシステムは,f/1.3の明るい光学系を持ち,光路に多くの光を取り込み,VPHグレーティングを用いて内部の迷光とノイズを低減し,シグナル強度を増加させている。励起波長は,405−1064 nmの5種類を持ち,無機材料から蛍光の強い有機物,生体物質にも適応可能としている。Tornado Spectral Systems社は高分解能バーチャルスリット(High Throughput Virtual Slit,HTVS)を用いて,従来型のラマン分光器に比較して10倍以上の高感度を持つプロセス用ラマン分光装置を開発した。このような装置は,プロセス分析のアプリケーションの幅を大きく拡げることになろう。

図1 CVD成長グラフェン(金基板)中に刻印された円形パターンのAFM, TERSイメージの比較(堀場のカタログより)
図1 CVD成長グラフェン(金基板)中に刻印された円形パターンのAFM, TERSイメージの比較(堀場のカタログより)

AFM-ラマン,TERS装置の進歩も著しい。数社が開発競争を展開しているが,市販品の最高空間分解はおおよそ8−10 nm程度となっている(堀場,ナノフォトン)。大方の研究目的には十分である。懸案の課題であったTERSチップの問題も,大きく前進し,高品質なTERSチップが,かなりの確率で得られるようになってきた。TERSイメージングの進歩には目を見張るものがある。同一試料についてAFMイメージとTERSイメージの比較は材料研究に大きな進歩をもたらすであろう。図1はTERSとAFMイメージの比較例である(堀場)。溶液TERSの研究も進んできた。電気化学TERSはこの分野に大きな革命をもたらすであろう。さらに超高真空,極低温下でTERSの測定が可能な装置(ユニソク)も市販された。AFMとフォトルミネッセンスが組み合わさったAFM-フォトルミネッセンスの装置も市販された(AFM-TEPC,堀場)。

ラマンの専用機の開発も一段と目立ってきた。薬品分析専用の顕微ラマン分光装置が複数のメーカー(レニショーなど)から売り出されている。錠剤の丸い曲面をうまくイメージングでとらえることができるものもある。ここまでラマンの応用が広がり定着したかという感がある。

ラマンの医学応用も進み,実験動物レベルでは,内視鏡とラマン分光装置を組み合わせが進んできている。ここではラマンプローブの進化が大きな役割を果たしている。iPS細胞のラマンスペクトルも報告された。専用機としてはベッドサイドラマン(レニショー)なども注目される。CLIRSPECという分光法の医学応用の国際学会が設立され,それが開催する会議は毎回300名ほどの参加者を集めている。

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