次世代自動車の安全を担うか? 住友電工のZnS赤外レンズ

図1 GeレンズカメラはGe保護窓が必要
図1 GeレンズカメラはGe保護窓が必要

先進運転支援システム(ADAS)やその先にある自動運転においては,多数のセンサーが安全な運転を支援する。既に多くのセンサーの搭載が始まっている一方で,技術自体は実用化されながらも車載が遅れているのが,夜間の自動車の「目」となり,暗闇の歩行者などを検出する遠赤外線カメラだ。

その理由の一つにコストの問題がある。遠赤外線カメラにはゲルマニウム(Ge)レンズが主に使用されているが,ゲルマニウムは希少金属(レアメタル)であることと,レンズ形成が切削加工で行なわれることがコストを押し上げており,カメラの価格の大きな部分を占めると言われている。

さらに,遠赤外線カメラを車載するには,カメラ本体やGeレンズを飛び石や埃,酸性雨などから保護するためにケースに収めるが,このときレンズの前に設置する保護窓も,レンズと同じ波長を透過させるためにGeで作らねばならず,これが価格をさらに押し上げる要因となっている。

その結果,遠赤外線カメラは数十万円のオプションとして一部の高級車に搭載されているだけなのが現状だ。そのため,大衆車にも搭載が可能な安価な遠赤外線レンズが自動車メーカーから求められている。

遠赤外線レンズの素材には,Ge以外にもカルコゲナイドがある。カルコゲナイドガラスはモールド成形が可能という長所があるものの強度の面で弱く,車載するためにはやはりGe窓の付いた保護ケースが必要になるほか,カルコゲナイド自体もGeを含有するため,コストを劇的に下げるには至っていないのが実情だ。

図2 ZnSレンズに形成したDOE形状(出典:SEIテクニカルレビュー・第175号)
図2 ZnSレンズに形成したDOE形状
(出典:SEIテクニカルレビュー・第175号)

これに対し住友電気工業では,硫化亜鉛(ZnS)を用いた遠赤外線レンズ(透過波長:8~12 μm)を開発した。

このレンズの特長は,材料が安価に合成できるZnS粉末であることと,焼結によるモールド成形が可能な点にある。

さらに,ZnSレンズは,ダイヤモンドライクカーボン(Diamond‐Like Carbon:DLC)コートを付けることで機械的強度を高めることができるので,ケースに保護窓を設けずに遠赤外線カメラを車載することができ,コストの大幅な削減が可能になるという。

光学特性を見ると,ZnSはGeと比べてアッベ数が小さいが,同社ではモールド型に高さ5 μm程度の段差を付けたDOE形状を形成する緻密な形成技術を開発しており,高い解像度を得ることに成功している。

図3 ZnSレンズ(手前と右:IRコート品,奥:DLCコート品)
図3 ZnSレンズ
(手前と右:IRコート品,奥:DLCコート品)

全体的な光学特性でZnSレンズはGeレンズをやや下回るが,DOEの形成が可能なことや,ケースの保護窓による透過ロスが無い分,車載カメラ用途においてはGeレンズとそん色のない性能が期待できるという。これは軍事用途など特殊な分野以外では十分なもので,監視カメラ大手メーカーでも同社のZnSレンズを採用しているという。

さらに,温度変化に敏感なGeレンズに対しZnSレンズは温度に対する特性の変化が穏やかで,–20~80℃においてMTFの低下量が少なく十分に使用できるという特長もある。同社では温度補償としてアサーマル機構も開発しており,使用環境が過酷な車載でも安定した動作が期待できるとしている。

Geは産出国に偏りがあることから供給リスクが懸念される材料の一つであるほか,年間900万台近く生産される自動車が標準的に赤外線カメラを搭載するようになった場合,それだけのGeレンズを供給すること自体が不可能だという。

表1 ZnSレンズの特性
表1 ZnSレンズの特性

今後,ADASでは遠赤外線カメラの暗視機能が標準化されていくと言われており,国内外の自動車関連メーカーが2018年までの製品化を目指して動いているほか,「保険業者もADAS搭載車を対象に保険料の値下げを始めている。今後,遠赤外線カメラの需要はますます高まっていくのは間違いない」(ZnSレンズ代理店)としている。

ZnSレンズでどの程度のコスト低減が見込めるかについては製造量次第だというが,「うまくいけばカメラの価格を5分の1くらいにできるかもしれない」(同代理店)という。現在,引き合いは非常に多く来ているといい,今後の流れ次第では遠赤外線レンズの主役となるかもしれず,今後が注目される。◇

(月刊OPTRONICS 2016年3月号掲載)